辻俊彦『愚直に積め! キャピタリストが語る経営の王道・99』は、ベンチャー・キャピタリストとして、数多くのベンチャー投資を手がけてきた(まさに「ハンズオン」)著者が見た、(ベンチャー)経営(者)論である。
「経営(者)論」と述べたが、本書にはベンチャー企業の生態系をめぐって、実践に裏打ちされた99箇条にも及ぶ箴言に満ちている。
経営基盤ままならぬ誕生後間もないミニ企業の生きる道とは。事業初期だからこそすべきこととは(、すべきでないこと)、また、その経営者はいかに振る舞うべきか。さらには、そこに投資する者が、これまたすべきこと(、すべきでないこと)など。それらは多様で旺盛な批考察の集積である。
これら透徹した考察を通じて、成功するベンチャー事業と経営者とそうでないものの差異が浮き彫りとなっていく図は本書の圧巻と言える。
ところで、ここで急いで注釈をひとつ、差し挟んでおかねばならない。
書評者自身が、著者によるハンズオン投資を受けた経験を有する者であり、本書で俎上にのぼったであろう“ベンチャー経営者”のひとりであること。
それだけに、著者が繰り出す箴言の数々がどれも耳に痛く、そして胸に刺さってくる。
たとえば、どんな点が痛烈に刺さってきたのか。いくつか抜き出してみよう。
年商5億円の会社の社長は、大企業でいえば課長にもなれない。しかし、いったん社長の立場になると、大企業の社長然とする人が跡を絶たない。
週100時間以上働くことが万人に共通の起業における成功法則だろう。
環境が変わった場合、その環境変化に気づかずに無意識の行動を繰り返してしまうと、成長は得られない。成功体験が弊害となる「成功の罠」である。
成長してきたのが、社員の功績であることを忘れ、必要以上に現場に介入し、社員の離反を招くのは、当然の帰結である。思い上がった経営者ほど、そのことに気づかない。
黒字化が安定して、社外への説明の機会が増えると、内向きの意識が勢いを増し、価値の根源(=社外にいる顧客に由来すること)とは逆方向にだけ目が向くことになる。
私は起業家に必要な資質は、「継続性のある卓越した実行力」と見ている。
ベンチャー企業でも、赤字企業の経営者が高給を取っている現実が存在する。……役員報酬は、経営者の責任意識の鍵となる。
評者のように程度の低い“経営者”にとっては、いずれもがいちいち胸に突き刺さる。
また同時に、豊かな実践に裏打ちされた著者の視線が、いかに的を射抜いているか実感とともに証言できる気がする。
さまざまな制約を抱えたスタートアップ企業。期待されるがために悩みも深いベンチャー企業の経営にとり、なにが成功に至る普遍的な要因となるのだろうか。
同書の中で繰り返されるいくつかのポイントがある。
- 目標を定める。目標達成に向けて Plan Do Check を積み上げる
- 顧客の声に、ステークホルダーの声に耳を傾ける
- 「情」(こころ)と「理」(あたま)を尽くす
そして、
- 愚直なまでに(凡庸に)徹底する
最後の項目は、書名にまで昇華され著者が熱く説くところだ。
仮説を打ち立て、愚直に(徹底的に)実行する。
このサイクルを積み上げることに、ベンチャー企業の生き抜くべき道が示唆される。
多くを寡黙に耐え、いったん声を発する際には、鋭い論理と視点で他を圧する。生身の著者の姿が、本書を読む中、改めて浮かび上がってくる。
よく切れる鋭利な刃物を擁しながらも、熱い「情」を湛えて投資先を見守る。そのような独自のキャピタリストの姿がそこにある。
※ 本稿は、 ITmedia エグゼクティブ「みんなのミニ書評」コミュニティーに投稿したものに加筆し、再投稿したもの。