芥川龍之介の妻、芥川 文の聞き書き『追想 芥川龍之介』は、高名な作家の“晩年”を身近な視点から照らしだした好著である。
このたびの“東日本大震災”に遭遇して後、ようやく日常へと復帰しようというこの時期、同書に芥川 文が記した作家の行動とコトバを想い出した。
いや、この点はもう少し精確に書くべきだろう。
あのような大災害に直接遭遇したとすると、自分ならどう振る舞えただろうかとの密かな疑念が、震災の後、まるで計測し得ない余震のようにつねに傍らにあり続けるのである。
この疑念が、芥川の震災をめぐる振る舞いの記憶を呼び起こしたのだというべきなのだろう。
当日はどうしたものか、主人は一人だけ先に食べ了えて、お茶碗にお茶がついでありました。
その時、ぐらりと地震です。
主人は、「地震だ、早く外へ出るように」と言いながら、門の方へ走り出しました。そして門の所で待機しているようです。
私は、二階に二男多可志が寝ていたので、とっさに二階へかけ上りまして、右脇に子供を抱えて階段を降りようとすると、建具がバタバタと倒れかかるし、階段の上に障子をはずしてまとめてあったのが落ちて来て階段をふさぎます。(中略)
私はその時主人に、
「赤ん坊が寝ているのを知っていて、自分ばかり先に逃げるとは、どんな考えですか」
とひどく怒りました。
すると、主人は、
「人間最後になると自分のことしか考えないものだ」
と、ひっそりと言いました。(芥川 文/中野妙子 記『追想 芥川龍之介』)
本書で述懐された箇所を読み直す度に、生じる問いがある。
それは妻に「自分ばかり先に逃げるとは」と詰られたとき、作家は「逃げろと言ったではないか」「自分も動転していたのだ」と抗弁しても良かったはずなのに、どうしてそれをしなかったのかということだ。
だが、芥川は代わって「人間最後になると自分のことしか考えないものだ」と認めるのみであった。
驚天動地の状況の下、どっしりとした家父長を、それが本能であるかのように演じることができなかった芥川は、 なにかをのみ込みながら、人間は「自分のことしか考えないものだ」という認識を述べる。
私は、この作家が奥方の責めに対して抗弁を試みず、あえて「人間は最後」一人で生き、そして一人で死ぬとの認識を示したことに、ひとつの誠実を見ないわけにはいかない。
それは、「ひっそり」と述べられたというように、返事というよりは沈黙に近い表明であった。
作家は時をあけず、自らの死を選択することになるのだが、その前に、やはり夫婦の間でこのようなやり取りが交わされる。
私はためらいながら、また階段を上って書斎にゆきましたら、主人は、
「何だ?」と言います。
私は、
「いいえ、お父さんが死んでしまうような予感がして、淋しくて、恐ろしくてたまらず来て見たのです」
と言ったら、主人は黙ってしまいました。(同上書)
ここにも、「人間は最後、一人で生き一人で死ぬ」との認識に魅入られた作家と、そういってよければ家族の絆との間に揺れる相克が示されているのである。
ほぼ同時期に、佐々木俊尚『キュレーションの時代——「つながり」の情報革命が始まる』と、中村 滋『スマートメディア 新聞・テレビ・雑誌の次のかたちを考える』を読んだ。
本稿は、この2冊を同時期に読むという体験を自らに問い直す粗雑なメモである。
当然のことながら、両著作のアプローチは、同じではない。いや、大きく異なると評すべきだ。
『キュレーション…』のそれが、来るべき社会像を視野に置いて、それをもたらす“大統合”の可能性を多彩な題材を駆使しながら論じる。それに対し、『スマートメディア』では、過去に向かっての分析を“マスメディアの衰退”から始め、“なぜ雑誌は売れなくなったか”を問い、将来に向けては“来るべきメディア”の実装イメージを提示するのである。
言い換えれば、前者ではメディアを問いながらも、メディアを超えて社会全体にわたる転換を構想しているのに対し、後者では、メディアの背景にある消費への視点から始めて、新たなメディア像の構想へと帰還していくのである。
さて、ここで自分自身への最初の問いが発生する。
このようにアプローチを異にする両書を、だが同時に読むことになるとは、それはいったいなにを意味するのか? と。まずは佐々木に語ってもらおう。
世界の複雑さは無限で、その無限である複雑をすべて自分の世界に取り込むことはできません。ノイズの海と私たちが直接向き合うことは、とうてい不可能なのです。だから動物や人間は、さまざまな情報の障壁をもうけて、その障壁の内側に自分だけのルールを保っている。(『キュレーションの時代』)
情報爆発が進み、膨大な情報が私たちのまわりをアンビエントに取り囲むようになってきている中で、情報そのものと同じぐらいに、そこから情報をフィルタリングするキュレーションの価値が高まってきている。(同上)
この時代に生きる私たちが共有する大切な認識は、“情報の過剰”という事態である。
消費可能な事物が潤沢である時代は、基本的に幸福な時代と呼べるはずであった。
だが、佐々木がこの過剰に否定的であるのは、二つの意味においてである。
ひとつは、情報の発信者の背景に文脈上の多様性が欠けること。言い換えれば物語の貧困という危機(「記号消費」)。
もうひとつは、上記引用もあるように、過剰な情報をフィルタ(選別、濾過)する防御機制上の危機である。
このように、“情報の過剰”は危機として立ち現れ、その克服が問われるようになる。
私たちが立っている地平はそのような場所である。そしてこの地平こそ、両著作がほぼ同時期に世に出ることとなる共通背景を成していると、私には思える。
ところで、メディアにおいてこの危機が立ち現れる経緯を、中村は統計資料等を援用しながら跡づけてみせる。
(雑誌売上とデパート売上の衰退曲線が同期していることを示した上で)雑誌が売れなくなった時期は、デパートが売上を大幅に落としていった時期にほぼ重なっています。いったい、なにが共通しているのか?……「何でも揃っているようでいて、じつは本当に欲しいものがない」(『スマートメディア』)
なぜなのでしょうか?
「多様化と細分化」
これが、その問いを理解するためのキーワードだと思います。(同上)「人々の多様化と細分化」こそが、デパートやマスメディアを衰退させた最大の要因であり、したがって、新しいメディアの条件を考えるうえで、もっとも重要なキーワードなのではないか。 (同上)
中村の指摘が優れているのは、メディア衰退の理由として“インターネット元凶説”を退けていることである。
つまり、“インターネットが雑誌を殺した”のではなく、供給の潤沢さ(と同時に物語の貧困化)が進み、それがまさに苦痛へと転化していることに対して、情報発信者の視点転換が進まなかったこと。
これがデパートという形式や“雑”誌というメディア形式が衰退した原因の第一、と整理するのである。
では、「多様化と細分化」から引き起こされた、その後はどのような現象がもたらされるか?
危機に人々はどう対処しようとするのかということである。
「ビオトープ」という魅惑的な概念を援用して佐々木が素描するものを確認してみよう。
ビオトープというのは……ギリシャ語でビオ(bio)は生命、トープ(tope)は場所を意味し、この二つを合わせて「有機的に結びついた、いくつかの種の生物で構成された生物群の生息空間」というように定義されています。 (『キュレーションの時代』)
いまの私たちの情報社会も、このような小さなビオトープが無数に集まって生態系をかたちづくり、それらが連結を繰り返しながら全体を構成させているのです。 (同上)
「洋楽を好きな人」「Jポップを好きな人」「クラシックを好きな人」「ジャズを好きな人」はそれぞれビオトープ化し、言い換えればオタク化してさまざまな圏域を作り出している。そういう時代がやってきたのです。 (同上)
バブル期を経た消費の焼け野原。新興国の消費者に見るぎらぎらと旺盛な消費意欲が衰退し、メガヒットが生まれなくなってしまった時代。
そんな乱雑さと興奮が静まりかえった後の海原に、実は多様で微細なビオトープが次々と誕生している。そこでは小さくとも豊かな生態系が営まれている……。
従来の大量消費社会の文脈からすれば、負もしくはゼロと見なされる状況の海面下に、実は豊かな生の交流を見ようとする佐々木の視点は、挑発的であり魅力的でもある。
大いなる供給者の物語から解き放たれたビオトープにあって、どのような生態系が営まれているのだろうか。
それが第二の問いとなる。
さらに佐々木が描く世界を追ってみる。
すべてがフラットになるインターネットの世界では、「価値観や興味を共有」している人たち、すなわちコンテキストを共有している人たちの間では、たがいが共鳴によってつながり、そこにエンゲージメントが生み出されるのです。 (『キュレーションの時代』)
グローバルなプラットフォームの上で、コンテンツやキュレーター、それに影響を受けるフォロワーなどが無数の小規模モジュールとなって存在する。そういう生態系の誕生。 (同上)
少し補足しよう。
殺到する過剰な情報に対して、独自のコンテキストを付与、あるいはフィルタすることで、小さな生態系内の住人どうしに適した情報セットを再配布する役割を担った存在、「キュレーター」が自生的に立ち上がってくるということだ。
重要なのは、そこには情報受発信者間に徹底した対称性が貫かれており、「ある分野ではインフルエンサーで、ある分野ではインフルエンサーから影響を受けるフォロワーになっています」(同書より)という関係が成立することである。そこにこそ「つながり」、言い換えればソーシャルメディアが果たす革命的な役割が、著者によって含意されている点である。
粗雑に視点を追加をするなら、ちょうどイヴァン・イリイチが提唱した「バナキュラー」なものの奪回もまた、『キュレーション…』の著者は遠望していると言えそうだ。
ところで、消費の現場にあって消費者が「No」と言うことを目撃することは困難である。
消費者は「No」を、消費からの遠ざかりにおいてこそ表明するのだから。
中村は、著作中で興味深い調査の経緯を表明している。
それは、読者がケータイでどのようにしてマンガを読んでいるかについてである。
意外だったのは、マンガを読む「時間」と「場所」についての回答でした。……いざふたをあけてみると、時間については「寝る前」、場所については「ベッドの上」がそれぞれトップでした。寝る前にベッドで読むのなら、なにもケータイである必要はないはずです。それこそ単行本を読めばいい…… (『スマートメディア』)
この調査によって、読者がケータイ・コミックに求めているのは、いつでもどこでも読める手軽さではなく、
「好きなときに好きな作品だけを、少し読みたい」
ということだとわかってきました。 (同上)
調査の詳細とは別に、ここで中村が導く次の認識は重要である。
ひと言でいえば、ユーザーが求めているのは、自分にピッタリあったものを選べるという選択権です。決して、ウェブで読むか紙で読むかの選択権ではありません。ユーザーを主人公にした情報そのものの選択権の有無が問われているのです。(同上)
「ユーザーを主人公にした情報」の欠如は、私たちが述べてきた「情報の過剰、物語の貧困」に相応している。
中村にとり、来るべきメディア「スマートメディア」の実装イメージは、ここから先あと一歩の距離にある。
メディア進化の行きつく先は、ユーザー・オリエンテッドのまったく新しいメディア、すなわち、「クラウド」「フロー」「1to1」をすべてかね備えたスマートメディアの誕生と、その展開だと思います。 (同上)
改めて述べるなら、“来るべきメディア”の実装について、両著の視点には隔たりがある。
逃れ得ない底流を大きく共有しつつも、である。
情報を発信するものと、受信するもの。これを架橋するものがメディアであると、仮に定義するなら、そのメディアに第三の人格を定義をしようとするのが 『キュレーション…』の中核的な概念である。
キュレーターは、過剰な情報を濾過し、微少な情報にアンテナを張りめぐらすことで、流通する物語の流動化の役割を担わされている。
『スマートメディア』の論に、キュレーターに相当する存在概念はない。
代わって情報受発信両者間の対称性を強めていくメディア(形式)とシステムに対して、楽天的なビジョンが表明されているのである。
両著が近くて遠い場所に立っていると感じさせる所以である。
(未定稿)
(iPadを)使い始めてしばらくして私は、ぜんぜん想像していなかった不思議な感覚を味わうことになった。「あれっ、本と雑誌と新聞とウェブサイトの区別がつかなくなってきたぞ」と。昨年アマゾンが電子書籍端末「Kindle(キンドル)」を世に出したとき、人々は「本がまるで本であるかのように読める」ことに驚いた。しかしiPadは、本や雑誌といった出版商品だけでなく、ウェブコンテンツであれ書類であれ、何でも読めるコンピューターだ。(中略)美しいカラー画面上に指を滑らせるだけで、ウェブコンテンツにつきものの夾雑物(広告や他サイトへのリンク等のごちゃごちゃした感じ)をも簡単に取り除ける。その結果、利用者に「本以外のすべてのコンテンツを、あたかも本を読んでいるかのように錯覚させてしまう」効果をもたらす。(中略)いまiPadにいちばん興奮しているのは、初期の利用者以上に、世界中の開発者やクリエーターたちだと言っていいだろう。iPadとは、ジョブスが仕掛けた「メディア産業全体に創造的破壊をもたらす時限爆弾」なのだ。私は今そんなことを感じるに至っている。
20世紀初め、労働力人口の90%から95%は肉体労働者だった。農民、家事使用人、工場や建設現場の単純労働者だった。
彼らの平均寿命、特に労働寿命は、当時年寄りとされていた50歳に達するころには、ほとんど働けなくなるほどに短かった。——P. F. ドラッカー
いろんな見方があるだろうが、基本はやはり「社会の箍が外れてしまっている」としかいいようがない。みな自由や個人主義を求めてきて、「うっとうしい」と感じていたものがなくなることの代償は大きいようだ。「長寿国のデータは嘘かもしれない。」「子供が虐待されていても押し入ることもできないで命を守れない。」という情けない状況はその一端に過ぎない。「社会の箍が緩む」ことで、噴出してきたものは、思いがけない現象である。それは日本人の精神面に大きな影響を与えているように思う。潜在的に持っている病症が、箍が緩むことで病気となり、障害となって多くの人を蝕むようになる。(ブログ・業界人間ベム「社会の箍(タガ)」より)
おりんのぎっしり揃っている歯はいかにも食うことには退けをとらないようであり、何でも食べられるというように思われるので、食料の乏しいこの村では恥ずかしいことであった。
楢山まいりに行くときは辰平のしょう背板に乗って、歯も抜けたきれいな年寄りになって行きたかった。そこで、こっそりと歯の抜けるように火打石で叩いてこわそうとしていたのである。
深沢七郎 『楢山節考』
死は〔特定の〕個人に対する類の冷酷な勝利のようにみえ、そして両者の統一に矛盾するようにみえる。しかし特定の個人はたんに一つの特定の類的存在であるにすぎず、そのようなものとして死をまぬがれないものなのである。(マルクス『経済学・哲学草稿』)
1. 詩的体験のはじまり
ひどく降りはじめた雨のなかを
おまえはただ遠くへ行こうとしていた
死のガードをもとめて
(鮎川信夫「繋船ホテルの朝の歌」)
むろん、小中高校の必ずいずれかで教えてくれるだろう高村光太郎、宮沢賢治、中原中也などにも詩的体験の片鱗は宿っている。
だが、それらにはどこかよそよそしい“与えられた体験”である側面が消えない。
ところが一方、鮎川の作品では、自分の気持ちが自分のコトバで表現する以上に、深く、高く表現されている、との想いが強い。
そして、それらに誘われるようにして鮎川の作品や、他の詩人たちの作品を少しずつ読み広げてきたのだった。
自分自身の気持ちの奥底の方と共鳴する表現——。
「詩的体験」というコトバを使うゆえんだ。
ところで、これから作品「繋船ホテルの朝の歌」について幼稚な作品鑑賞を試みてみようと思う。
これはずいぶんと長い間の自分の中に残されていた宿題に改めて取り組むための、小さな一歩。リハビリテーションのようなものである。
改めて、作品の冒頭句。
ひどく降りはじめた雨のなかを
おまえはただ遠くへ行こうとしていた
死のガードをもとめて
私たち読者は、冒頭の3行によって、さっそく詩の主題が「出発」、「出発意図」であることを告げられるのである。
引き続き、
なまぐさい夜風の街が
おれには港のように思えたのだ
船室の灯のひとつひとつを
可燐な魂のノスタルジアにともして
巨大な黒い影が波止場にうずくまっている
おれはずぶ濡れの悔恨をすてて
とおい航海に出よう
といった一連の表現。
「出発意図」が、「波止場」「海」「船」「航海」などの表現により、「旅」の喩的表現でイメージとして拡張されていく。
読者は、詩のタイトル「繋船ホテル」をも連想想起し、一挙に「航海への出立」という豊かなイメージを喚起させられるのである。
ところで、「繋船ホテル」とは何か。
戦後すぐには、廃船となったかつての客船を波止場につなぎ止め、船室を安宿の代わりに提供した事例があったのだろう。
それは敗戦直後の“なんでもあり”な時期を象徴するものである。
そして、それは同時に作品の隠された主題「試みては失敗する性的体験」のイメージを生みだす“連れ込み宿”(ラブホの原型?)を指し示しもしている。
作品に戻ろう。
次に、読者は、「出発」=「航海」というイメージに大きな転換を迫られる。
「繋船」の語に暗示されたように、「出発」は失敗する。
すなわち、船は決して出帆することがないのである。
おれたちの夜明けには
疾走する鋼鉄の船が
青い海の中に二人の運命をうかべているはずであった
ところがおれたちは
何処へも行きはしなかった
安ホテルの窓から
おれは明けがたの街にむかって唾をはいた
波止場につなぎ止められた船は、永遠に出帆しない。
そんなことは百も承知のはずなのに、作品の主人公「おれ」は挫折感に打ちのめされている。
船室から円い窓を覗けば、そこに青い海があるはずだったと。
どうしてこんなことになってしまったのか。
作品は、原因をではなく現象を示唆する。
おれたちはおれたちの神を
おれたちのベッドのなかで締め殺してしまったのだろうか
おまえはおれの責任について
おれはおまえの責任について考えている
2. 読む詩、考える詩とは
それはいったい何なのか——。
ところで、この作品を読むことで得られる認識がある。
鮎川ら敗戦後まもなく頭角を現した詩人たち、その作品に共通する特徴に、読む詩、考える詩という方向が挙げられる。
この作品でも、韻律(音数律や韻を踏む)のように、朗読によって得られる快感要素がほとんど考慮されていない。
その代わり、詩句、そしてその詩句を分かつ改行さえも、すべては作品が深いところで示そうとする意味の方向に向かって奉仕するように意図されている。
言い換えると、読者の詩的体験は、詩の“意味”と“背景”の方向へと向かうよう全面的に道が敷き詰められているのである。
これは私の詩的体験の出発点でもある。
私が本作に出会った際に受けた印象は、自分が当時被っていた気分を高い濃度で表明しているというものだった。
たぶん、自分の中では、その時すでに挫折感や倦怠感をどう表現すべきなのか、出口が探し求められていたのである。
そして、もうひとつ。
作品が、その背景に置いている社会的文脈、それに対する強い違和感に大きく揺さぶられた。これも大事な体験であった。
作品が誕生した時期に相応する社会的文脈とは、敗戦を経て「平和な日本」「戦後の復興」に向けた再出発の時といったものである。
改めて言おう。作品が示唆するのは、「出帆の不能」という事態である。
これを作品が後景に置く社会的文脈と重ね合わせると何が得られるか。
「国民総力戦」というスローガンから、「平和国家日本へ再出発」なるスローガンへと転換しようとする社会変動に対する、暗黙の違和感、挫折感を表明していると読むことができるのである。
鮎川に代表される戦後詩人の多くが、このような社会的文脈に対し深部で否定的な作品活動をなしていた。
作品が批評のコトバという外部の道具を用いず、詩のコトバを用いて深い社会批判を実現した時期だったとも言える。
「神」(戦争の完遂と、新たに復興するものへの信)と「責任」(旧い神、新たな神に従っている自分たちの罪)とは、社会的文脈に否定を投げつけるになんとふさわしい一対のコトバであることか。
付け加えて言えば、表現に共通するのは“暗さ”である。
社会の復興を目指す“明るさ”と対照をなす表現。
そのねじれた表現において、考える詩、社会批判としての詩が実現したのである。
3. 社会的文脈からの転換
読み手とその社会的文脈とが断絶してしまえば、作品が内包する深部を詩的体験として共有できなくなる。
多くの若い読者にとり、この敗戦直後の“明るさ”と“暗さ”を浮かび上がらせた作品の、社会批評的な核心を詩的体験として共有することは、もはや困難なのではないか。
事実、敗戦後すぐに姿を現した鮎川らを含む詩的結社「荒地」、そして関根弘、長谷川龍生ら「列島」などの詩的営為は、それが共有する社会的文脈が読者との間で断絶するに連れ、勢いや影響力を失っていった。
私(藤村)にとっても、敗戦期と自分自身が立っていた時代との間で社会的文脈を共有できる時期は遠く過ぎ去ってしまった。
だが、ここから先が大事なのだが、失われた社会的文脈と入れ替わるように、新たな核心が姿を現している。
換言すれば、第一の文脈が去り、隠されていた第二の文脈が、ようやく私たち読者の前に姿を見せているのである。
それはすでに示唆しているように、「隠された主題」=「試みては失敗する性的体験」なのだと思う。
読者は、「おれ」と「おまえ」という主語に沿って作品を通読すると、もうひとつの文脈に立ち会うことになる。
「おれ」が、ひとりただ「とおくへ」行こうとしていた「おまえ」を呼び止め性的交渉を行うことによって「おれたち」となり、そして夜明けには出帆しているはずだった——。
それが叶わなかったという、「挫折」(とその反芻)という主題、がそれである。
ひびわれた卵のなかの
なかば熟しかけた未来にむかって
おまえは愚劣な謎をふくんだ微笑を浮べてみせる
おれは憎悪のフォークを突き刺し
ブルジョア的な姦通事件の
あぶらぎった一皿を平げたような顔をする
出帆できなかった挫折感に苛まれながら「おまえ」との朝食の席につく「おれ」。
出帆の挫折は、「おれ」に「憎悪のフォーク」を突き刺すという行為を引き出すのだ。
わかるだろうか? 性的和合を果たせなかった怒りは、半ば「謎をふくんだ微笑を浮かべて」いる「おまえ」に向けられているのである。
「ただ遠くへ行こうとしていた」おまえ。それを引き留め一夜の性的交渉を果たそうとしたおれ。
その結果として「おれたち」の出帆は実現を果たすことはなかった。
これが第二の文脈による、詩的体験の核心である。
敗戦期の社会的文脈を喪失してもなお詩的体験を拡大し、その作品価値を永続化することは可能だと思う。
そのためには、作品の詩的体験を新たな文脈へと転換しなければならない。
それを果たすには、作品中で一言もコトバを発せず「謎をふくんだ微笑を浮かべて」いるおまえとは誰なのかを問わなければならない。いまはまだそのための準備が不足しているのだが。
私はいま、社会的文脈を失ってなお詩的体験の価値の拡大の可能性を信じている。
私のなかにある詩的体験を転換すること。
何十年かの時間を経て、ようやくその一歩目の扉を開けようとしているのだ。
(未確定稿)
[資料]
繋船ホテルの朝の歌
ひどく降りはじめた雨のなかを
おまえはただ遠くへ行こうとしていた
死のガードをもとめて
悲しみの街から遠ざかろうとしていた
おまえの濡れた肩を抱きしめたとき
なまぐさい夜風の街が
おれには港のように思えたのだ
船室の灯のひとつひとつを
可燐な魂のノスタルジアにともして
巨大な黒い影が波止場にうずくまっている
おれはずぶ濡れの悔恨をすてて
とおい航海に出よう
背負い袋のようにおまえをひっかついで
航海に出ようとおもった
電線のかすかな唸りが
海を飛んでゆく耳鳴りのように思えたおれたちの夜明けには
疾走する鋼鉄の船が
青い海の中に二人の運命をうかべているはずであった
ところがおれたちは
何処へも行きはしなかった
安ホテルの窓から
おれは明けがたの街にむかって唾をはいた
疲れた重たい瞼が
灰色の壁のように垂れてきて
おれとおまえのはかない希望と夢を
ガラスの花瓶に閉じこめてしまったのだ
折れた埠頭のさきは
花瓶の腐った水のなかで溶けている
なんだか眠りたりないものが
厭な匂いの薬のように澱んでいるぱかりであった
だが昨日の雨は
いつまでもおれたちのひき裂かれた心と
ほてった肉体のあいだの
空虚なメランコリイの谷間にふりつづいているおれたちはおれたちの神を
おれたちのベッドのなかで締め殺してしまったのだろうか
おまえはおれの責任について
おれはおまえの責任について考えている
おれは慢性胃腸病患者のだらしないネクタイをしめ
おまえは禿鷹風に化粧した小さな顔を
猫背のうえに乗せて
朝の食卓につく
ひびわれた卵のなかの
なかば熟しかけた未来にむかって
おまえは愚劣な謎をふくんだ微笑を浮べてみせる
おれは憎悪のフォークを突き刺し
ブルジョア的な姦通事件の
あぶらぎった一皿を平げたような顔をする窓の風景は
額縁のなかに嵌めこまれている
ああ おれは雨と街路と夜がほしい
夜にならなければ
この倦怠の街の全景を
うまく抱擁することができないのだ
西と東の二つの大戦のあいだに生れて
恋にも革命にも失敗し
急転直下堕落していったあの
イデオロジストの顰め面を窓からつきだしてみる
街は死んでいる
さわやかな朝の風が
頸輪ずれしたおれの咽喉につめたい剃刀をあてる
おれには堀割のそぱに立っている人影が
胸をえぐられ
永遠に吠えることのない狼に見えてくる
「鮎川信夫詩集1945-1955」(昭和30)所収
iPad専用アプリケーション、Flipboardがリリースされた。
大御所VCやエンジェルらが相乗り投資したこともあって、リリースと同時に各所から異例とも言えるほどの反響を生みだしている。
たとえば、こんな感じ。
私の印象はどうかなのかと言えば、まずは素晴らしい! だ。
使い始めてほんの数日しか経っていないにも関わらず、このアプリケーションのキモをどう理解するかが、いまや私の問題意識を独り占めしかねない勢いだ。
という次第で、唸ってばかりでも仕方ない。本稿を通じてFlipboardの概要紹介と、併せて「私の問題意識」が刺激されているポイントを書き留めておこうと思う。
1. Flipboardの体験
まずは、Flipboardとは何か、からである。
一般の閲覧体験に沿ってFlipboardを紹介していこう。
Flipboardのデザインおよび設計思想は、Appleのそれに似てミニマル志向だ。
後で述べるが、ユーザー(読者)がカスタマイズのために操作するコントロールの類はほとんど用意されていない。
行えることは、[Flip]をドラッグしてページをめくる“フリップ”操作だけだ。
“表紙”をフリップすると、現れるのは“Contetns(目次)”だ。
タイル状に表示されているのは、“Section”。それぞれ独立したメディアと考えればいい。
Sectionの中には、TwitterとFacebookがデフォルトでセットされている。
それ以外は、Flipboardがデフォルトで用意したPhotosやStyleなど各種ブログチャネル群である。
さらに、空白の[Add a Section」をタップすれば、下のように、さらにおすすめメディアがリスト表示される。
[Add a Section] パネルに用意されたおすすめメディアには知名度の高いブログ系メディア、そして、Flipboardがセレクトしたアグリゲート型メディア、そして自分自身のTwitter“リスト”などが含まれる。まさにソーシャルメディアをここで取り込むわけだ。
目を引くのは、Robert Scoble氏のような著名なブロガを前面に立てた、“キュレーター”型のSectionも用意していること。
海外のFlipboard紹介記事の多くが、「ソーシャルマガジン」などと形容をしているのは、基本的にはTwitter、Facebook上のコンテンツを取り込み、それをユーザー(読者)にチョイスさせる点のユニークさからだろう。
さて、利用開始時には、当然ながらTwitterとFacebookの両Sectionのユーザー認証を行う。
わずらわしい操作は、基本的にこれだけだ。
なにはともあれTwitterを開いてみよう。
上記は私のTLを表示してみた。ある日、ある瞬間のTLの第1ページだ。
以後は[Flip]タブをフリップすれば、次々に雑誌のページを繰っていくように読める。
いくつか気づく点があるだろう。
そう。大胆に写真がレイアウトされている。
見出しが付けられている。
そして……そう、Twitterの最大の特徴である140字制限を超えたテキストが表示されている!
解説に入る前に、この状態から一歩進んで、個々の“記事”を表示させてみよう。
上がFlipboard上に現われた私のTL内のツィートをズームインしたものだ。
通常のTwitterクライアント等で私の目に飛び込んでくるツィートは、「あ、写真ステキ!RT…」の部分に過ぎない。
上記でタイトル風に表示されている「IT戦士・岡田有花が注目のイマドキIT業界ト」とあるのは、実は「あ、写真ステキ!RT…」内で示されたリンク先のWebページのタイトルなのだ。
また、ツィートの「あ、写真ステキ!RT…」の下に表示されている、雑誌記事の本文に見えるテキスト部分は、やはりリンク先のWebページの本文である。
画面右下の[Read on Web]をタップしてみよう。上記に述べた参照関係が分かることだろう。
「Twitter…を雑誌風に」「ソーシャルマガジン」「Personalized Magazine」……。2. Twitter体験の意味を逆転させる
Flipboardは、ソーシャルメディアにおける本文とインデックスの役割を逆転させている
Twitterの「アノテーション」構想のその後がどうなっているのか動向に詳しくない私は知らない。メタ情報をアノテーションで付加
TwitterプラットフォームチームのMarcel Molina氏がTwitter APIのメーリングリストに4月17日に投稿したメッセージによれば、早ければ向こう2カ月程度でTwitterには「アノテーション」のためのAPIが実装される予定だという。アノテーション(注釈)は、名前空間、キー、値の3値からなるメタ情報で、文字通り各つぶやきに付加することができる。開発者はAPIを通して、 つぶやきにアノテーションを付加したり、読み出したりするこができる。アノテーションを付けるには、通常の投稿APIと同様にHTTPのPOSTメソッド で「/statuses/update」を叩くが、このとき、JSONかエンコード済みパラメータとしてアノテーションを渡す方式を検討しているという。
アイティメディアが運営するOneTopiに「メディアビジネス」を持たせてもらっている。
メディア稼業をめぐり、いま生起していること、自分が大切だと考えている視点を整理することに使っている。
拙くておぼつかない足取りだが、それもよしとしよう。
これまで述べてきた“オピニオン”の部分を、以下に整理しておくことにする。
もちろん、上記OneTopiに投稿したものからのピックアップである。
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マクルーハンのメディア論が出て50年。
実はそのメディア論の意義がいよいよ高まっているのが、21世紀のいまではないでしょうか?
私たちのテーマは「いま“クールなメディア”(冷たいメディア)はどう可能か」という点に立ち返れたらいいなと思います。
2010年6月16日 23時35分 SM3II
ところで、21世紀の“クールなメディア”の要件って何でしょうか?
私は、すでにマクルーハンに沿って触れてきた「参与性」を含み、
が挙げられると思います。少しずつ述べていきましょう。
先に「21世紀のクールなメディア」づくりに、
が必要と述べました。
既に触れてきた「参加」はひとまず迂回し、「ターゲティング化」を考えてみましょう。
2010年6月27日 22時39分 SM3II
消費者は通常考えられるよりも、ずっと小さな固まりなのだ。
さまざまな手法を用いて、この小さな消費者を見つけ出すためのプロセスが、メディアマーケティングの中心的な作業になるのである。
吉良俊彦 http://bit.ly/do63lb
吉良俊彦氏の論を紹介しました。
氏は「マーケティング」指向ですが、十分に示唆的です。そもそも
「小さな固まり」である消費者と、それをターゲットするメディアが確実なコミュニケーションをすることの困難が、従来つきまとってきました。
ネット時代と なってこれを克服する可能性が見えてきたのです。
2010年6月30日 20時25分 SM3II
私のイメージする「ターゲティング」は、いたずらに「大きな固まり」を介さずに的確なコミュニケー ションを可能にするモデルです。
それはあたかも、地球の反対側にいる友人にも不自由なく声が届く電話機のようなものです。
親密な会話のためにどうして大通 りで声を張り上げる必要があるでしょう?
2010年6月30日 20時31分 SM3II
大量生産と大量消費市場を支えるものとして、マス・メディアが登場した。19世紀初め、イギリスで「ペニー・プレス」と呼ばれた大衆紙が発行されるようになり、大衆向けの広告を掲載するようになった。…無数の商品の市場が生まれたのだ。
トフラー http://bit.ly/dw2a1N
じゃあマスがなくなったあとには、いったい何がやってくるんだろう?
それはミドルメディアだ。
ミドルメディアとは……マスメディアでもパーソナルメディアでもない、中間的な圏域のことだ。
佐々木俊尚 http://bit.ly/bJeAq2
「テーマ切り」メディアはターゲッティング・メディアであるがゆえ、検索エンジン経由の顧客やコミュニティとの相性が良いのです。
小林弘人 http://bit.ly/dBJ7Sx
これまで「ターゲティング化」について、考えを述べてきました。
マスメディア(が影響力大な)時代
が過ぎ去ろうとする中、“次”を考えようとすれば、インターネット技術とターゲティング化の組み合わせは見逃せない要素です。
ところで、そのターゲティン
グ、必ずしも評判が良くありません。
2010年7月4日 22時00分 SM3II
「ターゲティング化」が不評なひとつの理由は、読者が意図しない追跡をされる、その情報が一人歩き
する……という、個人情報の扱いに関する視点です。
懸念はよく理解できます。
読者、メディア(提供者)、そして広告主の間にある“合意”が対称でなけれ ば、懸念される通りのこととなるでしょう。
2010年7月4日 22時02分 SM3II
と指摘するような課題です。 http://bit.ly/dysbYMフィルタリングとターゲティングがシステムとして完成したら、思いがけない情報に出会うということは、一切なくなります。
先ほどの佐々木俊尚氏の指摘は、「好きなニュースだけを読むネットニュースは偏食になりがち。新聞はバランスがよく…」といった新聞擁護論と相通ずるものでしょう。
いずれも、ターゲティング化は「思いがけなく」価値ある情報に出会える可能性を狭めるとの指摘でしょう。
2010年7月4日 22時03分 SM3II
「ターゲティング化が行き過ぎると…」との指摘は重要です。
と同時に、メディア(提供者)も読者
も、これまでになく情報活動の戦略性が重要となります。
情報活動に充てられる時間資源は有限です。
収集に「漏れがなく、ダブリがない状態」を実現する 「ターゲティング化」の意義は高まっていくでしょう。
急に気になりログを確認すると、私が初めてTwitterのアカウントを作成、つぶやきをしたのが昨年の6月22日ということがわかった。
ほぼ正確に1年前のことだ。
その間、途中経過的にTwに取り組んで感心したこと、気づいたことなどを何回か書いてきた(例えば「“メディア”の原初の姿——twitterを使って4か月の感想記」など)。
今回は、12か月続けてみての、改めての記録と感想の走り書きである。
動機について確認しておく。
Twを始めたことに何かの目算があったわけではない。
エラそうな書き方で恐縮だが、流行っているものには視線を送っておくというのが、自分の仕事上必要なこと。ましてやIT、インターネットがらみであればなおさらだ。
そんな意味で、1年前のこの時期、もはや知らないでは恥ずかしい、もしくは気になって仕方ない段階に、Twは入っていたのである。
というわけで、いやなことが起きればすぐにでも店を畳むつもりの、トライアル開始だった。
1年経って、「フォローしている」は72人、「フォローされている」が707人。
作った「リスト」は14個。この中にはそれぞれ複数アカウントを登録している。
したがって、重複はあったとしても、実際にフォローしている人々は百数十人は下らないだろう。当初考えたよりずいぶん交流が広がった気分である。
さて、Twについては、あまりに多くの“論”が出ている。いまさらそれに付け加えたいことがあるわけではない。
以下に単純な感想だけ述べるにとどめたい。
以前も触れたことだが、Twをスタートした時期は、親しい知人や社員などがすぐにフォローをしてくれて「フォローされている」人数は伸びた。