…例えば、CEOが従業員に「株主利益の最大化」を言い渡したとする。
さて、このアイデアは単純明快だろうか? 確かに短文という意味では単純明快だが、ことわざのように役立つ単純明快さではない。意外性はあるか? ない。具体的か? 全然。信頼性はあるか? CEOの口から出たという点でのみ、信頼できる。感情に訴えるか? ありえない。物語性は? ない。
これに比べて、当時の米国大統領ジョン・F・ケネディ(JFK)が1961年に口にした
「60年代末までに人類を月に立たせ、安全に帰還させよう」
という有名な言葉はどうか。単純明快か? イエス。意外性はあるか? イエス。具体的か? 非常に。信頼性はあるか? 内容はSFXもどきだが、語り手は信頼できる。感情を掻き立てるか? イエス。物語性は? ごく短いが、ある。
これがケネディ大統領ではなく、企業のCEOだったら、
「われわれの使命は、チーム中心の最大規模のイノベーションと、戦略目標に沿った航空宇宙計画を通じて、宇宙産業の国際的リーダーとなることだ」
とでも言っただろう。JFKは幸い、現代のCEOより勘が冴えていた。曖昧で抽象的な使命では、国民を惹きつけ鼓舞することは不可能とわかっていたのだ。月面着陸への呼びかけは、アイデアを伝える側が「知の呪縛」を避けた好例だ。たった一つの賢明で美しいアイデアが、10年間にわたり何百万人もの人々を行動へ駆り立てたのである。
CIとは、あらゆる命令の冒頭に述べられる平易で簡潔な文言のことで、計画の目標、作戦の望ましい結果を説明するものだ。軍上層部でのCIは、どちらかというと抽象的だ(例えば「南東地域の的の戦意に打撃を与えること」)。だが、大佐や大尉が発する戦術レベルのCIになると、ぐっと具体性が増す(「第4305丘陵に第3大隊を配置し、同丘陵から敵を一掃すべく最後の一兵となるまで攻撃を仕掛け、第3旅団の敵陣突破を側面から守る」)。
CIでは、不測の事態に役立たないような細々としたことは述べない。
「当初の計画が実行不能になっても、CIは実行しなければならない」
とコルディッツ大佐は言う。つまり、第4305丘陵上に第3大隊の兵士が一人でも残っている限り、その兵士は第3旅団の側面を守るために、なんとかしなくてはならないのだ。軍事シミュレーションを行う戦闘演習訓練センターでは、士官が「司令官の意図」を作成する際に、次の二点を自問するよう奨めている。
明日の任務に全力を注げば、われわれは必ず______________________だろう。
われわれが明日行わなければならない唯一にして最も重要な事項は、__________________________である。
…この章で述べた「最格安航空会社」などの逸話が単純明快なのは、平易な言葉だけを使っているからではなく、「司令官の意図」を反映しているからだ。大事なのは平易化ではなく、的確さと優先順位である。
よいリードを書ければ、あとは簡単。では、ジャーナリストがよいリードを書き損ねるのはなぜか? 記者が犯す過ちは、細部にこだわるあまりメッセージの核となる部分、つまり読者が重視したり面白く思うことを見失ってしまうからだ。長年、新聞記者を務め、30年近くジャーナリズムを教えてきた南カリフォルニア大学コミュニケーション学教授、エド・クレイはこう語る。
「長い時間、記事に取り組むほど方向性を見失うおそれが高まる。どんな細部も捨て難くなり、何の記事かわからなくなってしまうのだ」
……核となる部分を見きわめることも、リードを書くことも、強制的な優先順位づけにほかならない。あなたが戦時中の新聞記者で、通信回線が切断される前に電報を1本だけ打てるとしたら、何を伝えるだろう。リードも核となる部分も一つしかない。選択が必要だ。
ノースカロライナ州のダンは、州都ローリーの約64キロ南にある小さな町だ。人口は1万4,000人で、ブルーカラー労働者が多い。……要するにダンはごく普通の町だが、ひとつだけ変わった点がある。住民のほとんどがデイリー・レコードという地元紙を読んでいることだ。同紙の購読者数は、町の人口を上回っている。……驚くべき成功の理由はいったい何か? ダンにもニュース情報を得る手段はたくさんある。USAトゥデー紙、ローリー・ニュース&オブザーバー紙、CNN、インターネット、他にもいくらでもある。なのになぜ、デイリー・レコード紙はこんなに人気があるのか?
……(社主のフーバー・)アダムズの編集方針は、彼が発行人を務めた55年間を通じて常に一貫していた。新聞はあくまで地域報道を行うべきだというのが彼の信念である。地域社会ニュースの熱烈な信奉者と言ってよかった。……地域重視のためなら、退屈な新聞になってもかまわないと彼は言う。
「デイリー・レコードの明日の朝刊にダンの電話帳を全部転載したら、住民の半分は自分の名前が載っているかどうか確認するはずだ……。『そんなに名前ばかり載せてもしかたないでしょう』と言われたら、それがわれわれの望みだと言い切って欲しい」
アダムズは、ベンソンで地方新聞社を経営する友人ラルフ・ディラーノの言葉を借りて、地域重視の大切さを大げさに訴える。
「ローリーに原子爆弾が落ちても、ベンソンに破片や灰が降らなければ、ベンソンではニュースにならない」
デイリー・レコードの成功の理由を聞かれたアダムズは、こう答えている。
「理由は三つ。人名、人名、とにかく人名だ」
ここでちょっと考えてみよう。アダムズは、地域重視こそがデイリー・レコードの成功のカギだという核となるアイデアを見つけ、それを伝えたいと思った。ここまでが第一段階だ。第二段階は、その核となる部分を他者に伝えること。彼はこれを見事にやってのけた。本章では、二つの重要な問題について考える。一つは「どうやって関心をつかむか」という問題、もう一つはそれと同じくらい大切な「どうやって関心をつなぎとめるか」という問題だ。
関心をつかむ最も基本的な方法は、パターンを破ることだ。人間は一貫したパターンがあると、すぐ順応する。同じ感覚的刺激を繰り返し受けると、それに注意を払わなくなるのだ。
1994年、カーネギー・メロン大学の行動経済学者ジョージ・ローウェンスタインは、状況的興味をきわめて抱括的に説明した。その内容は、驚くほどシンプルだった。好奇心が生じるのは、自分の知識に隙間を感じたときだというのだ。
隙間理論は、ある重要なことを示唆している。つまり、隙間を埋める前には、隙間をつくる必要がある、ということだ。
具体的であること(注=ジェリー・カプランが、ペンコンピュータのアイデアを説明する際に、革カバンに模した行為を指す)が生み出す共通の「場」は、人々の協力を可能にする。同じ課題に取り組んでいるという安心感を全員に与えるのだ。専門家でさえ、たとえそれがIT業界のスターとも言えるクライナー・パーキンス社のベンチャー投資家であっても、具体的な話から恩恵を受ける。なぜなら、具体的な話は彼らを共通の場に立たせてくれるからだ。
……私たちは自分が抽象的な物言いをしていることを、つい忘れてしまうのだ。何かというと図面を引っぱり出し、熟練工の思いをよそに現場に下りていかないエンジニアと同じである。