手許(と言ってもネット経由だが)の辞書で調べても、「機会損失」という語は存在しても、その反対概念の「機会利益」という語は見つからない。
どうやら、機会(チャンス)に向かい合ってそれを逸するという概念はあっても、首尾良くそれを獲るという概念は確立してないらしい。
それを前提に考えると、「機会」というものは、往々にして「損失」することが習わしらしい。
池田信夫blogで、ネットが知的資産を創造する人びと(クリエイター)の得べかりし利益を奪っている、奪いやすいとする論調に批判を加えている(ネットはクリエイターの敵か)。
岸博幸氏のコラムが、あちこちのブログなどで激しい批判を浴びている。私が彼に「レコード会社のロビイスト」というレッテルを貼ったのが彼の代名詞のようになってしまったのはちょっと気の毒なので、少しフォローしておきたい。
先日のICPFシンポジウムでわかったのは、岸氏は三田誠広氏のように嘘を承知で権利強化を主張しているのではなく、本気でそれが日本の「産業振興策」だと信じているということだ。しかし、これはある意味では三田氏よりも始末が悪い。本人がそう信じ、善意で主張しているので、コンテンツ産業の実態を知らない官僚や政治家には説得力をもってしまうからだ。
残念ながら、彼の信念は事実に裏づけられていない。岸氏は「デジタルとネットの普及でクリエーターは所得機会の損失という深刻な被害を受けている」というが、具体的にどれだけ深刻な被害を受けているのか、その根拠となるデータを示したことはない。学問的には、Oberholzer-Gee and Strumpf*(以下O-S)に代表される実証研究が一致して示すように、P2Pによるファイル共有がCDの売り上げに与える影響は、統計的にはプラスマイナスゼロに近い。日本でも、田中辰雄氏が同様の結果を発表している。
池田氏の第一の論調は、機会損失を生んでいるという根拠を示せ、ということなので、ネット(上での模倣、ピンハネ行為)の善悪を議論しているのではない。したがって、私自身が外野の審判ぶりを示すことはしない。
ともかく、このような各種の議論がやり取りされる中で、いかに蒙昧な“権利擁護”論が滅びることに期待したい。