先頃β版のサービスインを宣言した、新野淳一氏のPublickey.jpでの“編集後記”的ポストから。
上記のリンクを見てもらえるとわかるが、新野氏は、2000年にサービスインしたIT技術者向けWebサイト @IT を創造し、長くその発行人を務めてきた。
その新野氏が、思うところあってか運営会社を離れて1年。
単独で、やはりIT技術者向けのWebサイトを創造したのが、このPublickey.jpだ。
結論めいた言い方を先にすると、このPublickye.jpは、私にとっては、@ITを、あるいは、もう少し広義には、オンライン・メディアを“再創造する試み”なのだと受け止めた。
引用したブログポストは、オンライン・メディア(のビジネス)を考え続ける私にとって、大いに刺激を与えてくれる。
要点を以下に書き出してみよう。
- 紙メディアでは、その構造(アーキテクチャ)は比較的シンプルかつ固定的である
- 他方、オンライン・メディアのそれは、相当に複雑である
- オンライン・メディアの構成要素は、タイトルや本文、見出し、そして広告などのページレイアウト要素、対読者の動線=ナビゲーション、同じく読者との会話など各種機能設定、そして対機械の動線であるSEOなど、非常に多数である
- 同じく重要なオンライン・メディアの特徴が、これら複雑な構成要素は決して固定的でないということ。つまり、断続的にこれら多様な要素を見直し、作り直す仕事が継続すること
- 最後に重要なことは、オンライン・メディアの複雑な構成要素を、総合的に定義し、創り上げ、改修する仕事の多くがエンジニアリングに帰属すること
私自身はと言えば、もう少し「紙メディア」の構造性について敬意を払う気持ちが強い。台割りその他、隠された構造体に紙メディアの価値は潜んでいると思う。しかし、冗長になるのでここでは捨象しておこう。
新野氏の立論に沿って、メディアアーキテクト=編集長とするなら、オンライン・メディアの“真の”編集長は、エンジニアリングをこなす、もしくは、エンジニアと十分な会話ができる人でなければならないということとなる。
いまオンラインメディアの責任者は歴史的経緯から紙メディアの編集長のように選ばれ、紙メディアの編集長のような仕事、テキストのクオリティ管理が中心になっていると思います。しかしオンラインメディアがさらに進歩していくためには、アーキテクトの能力を備えた編集長、それはもう編集長という名前ではないのかもしれませんが、そういうポジションの人がもっと育ったり活躍できたりする必要があるはずです。
…中略…
そうしたメディアのアーキテクトが育つためには新興のメディアで新しい人がもっとチャレンジしたり、スピンアウトしたりするといいのですが、既存のメディアからはなかなか出てきていませんね。そもそもまだ国内ではメディアが生まれる数も少ないですし。
このメディアアーキテクトの要件を備えた人材は、紙メディアの“コンテンツ主導型”文化(あるいは、そのような文脈に依存しているオンライン・メディア文化)からは育ってこない。
これが新野氏が言いたい結論のひとつであり、予言とも言える。
私はこのような氏の立論に深く共振する。
その上で、自分の関心・興味に引き寄せて考えると、次のような命題が残されていると考えている。
コンテンツとエンジニアリングを統合するメディア(運営)を、個人—ビジネス—組織—企業……というスパイラルの中で発展させようと考えたときに、どんなブレークスルーが描けるのか。
新野氏は、自身が前提に、エンジニアとしての視点と編集者としての視点を、ひとつに統合したメディア設計と運営手法を構想したと想像できる。
それは、そもそも@ITを、新野氏自身が、指向性の強いコンテンツを、少数の編集者が生産性高くプロダクションする仕組みとして構想していたところからの延長線上にあるものだと形容しても、Publickey.jpの価値を決して貶めたことにはならないだろう。
では、2000年当時に比べて、現在はなにがどう異なっているかと言えば、
- ローコストで柔軟に付加価値を加えやすいCMSとして、ブログプラットフォームが存在している
- 技術系分野では、より一層テーマに関する指向性が極まっていること
- テーマが先鋭化(言い換えれば、きわめてニッチ化)しても、その存在を的確に伝えられる仕組み=検索エンジンその他が発展している
- リスティング広告など、指向性の強いコンテンツと親和性のあるマネタイズ手法が広がってきた
さて、最後に改めて私の命題に引き返してみたい。
「個人—ビジネス—組織—企業……というスパイラル」の中での発展形とはなにか、という点についてである。
考えられるひとつのブレークスルーは、“メディアアーキテクト=編集長”という等式を意図的に崩してみる、ことである。
言い換えれば、編集長とは“雇われママ”(ベタな表現ですみません)という図式を考えられるのではないか。
私の現時点での、オンライン・メディア事業の組織論的イメージは、
少数のメディアアーキテクトと多数の編集長(パブリッシャー)
というものである。これは決して論理的な正しさを追求した上の結論といったものではない。
新野氏が指摘するように、組織が経由してきた文化や土壌によって制約要素は分かれる。
解はひとつではないのである。
単独者新野氏の試みに刺激されて、私自身の考えも一歩進んだ部分がある。
これもまた、オンライン・メディア時代ならではの創発性ゆえだと思う。
蛇足だが、Publickey.jpのページデザインはシンプルでとても読みやすく仕上がっている。
WinやMac、そして各種Webブラウザでもイメージの振れ幅が少ない。これもまた、オンライン・メディアにとって重要な要素である。個人的にもこのデザインが気に入っている。