まったく個人的なランキング。しかし、振り返りは、自分にとっては意義があるかもしれない。
- 折口信夫 『言語情調論』
- 中沢新一 『熊から王へ—カイエ・ソバージュ〈2〉』
- 吉本隆明 『詩人・評論家・作家のための言語論』
ジャンルやら、各種形容やらをすべて取り除いた上で、何の書籍が良かったかと問われれば、この3冊を挙げることになる。
1.は折口若年の仕事だ。日本語の重要な陰影を解きほぐすために、西欧の言語論上の業績を踏まえている。言い換えれば、通説のような神秘的日本思考のずっと奥底で、折口には“世界”が前提されているのである。
ただし、薄手の冊子で十分に読み込めるはずなのだが、難しく読み切れていない。明晰な論のようでいて分かりづらい点があるのは、後年の折口に通じる。日本語=言語論のひとつとして、繰り返し読んでみたい書物のひとつ。
2.は近年の著者の講義録「カイエ・ソバージュ」シリーズのひとつ。個人的には『人類最古の哲学―カイエ・ソバージュ〈1〉』より魅了された。これら3冊に通じることだが、大きな時間軸で人間をとらえることの魅力に溢れた業績と言える。
3.は最新ではないものの、近年のシリーズ講演の集成である。テーマは表題どおり。著者は体系的な学者たろうとしていないが、本作では、言語論・精神現象論・社会論を統合する眺望を見せている。現代社会の状況を読み解く鍵も随所に示しており、感嘆すべき仕事だ。
ちょっと別の角度で。文学というか感動を呼んだ書籍のベスト3を。
- 渡辺京二 『逝きし世の面影』
- レイモンド・チャンドラー/村上春樹(訳)
『さようなら、愛しい人
』
- 石原吉郎 『続・石原吉郎詩集』
1.は「感動」とか「文学」といったジャンルにふさわしい書物かどうか。しかし、私にとって深く感動を喚起してくれた本という点では、昨年(2009年)のベスト1かもしれない。近世幕末、そして維新、明治期に日本を訪れた諸外国人の書物を縦横無尽に読み解き、著者の重要な仮説である“完成された日本”の存在とその消滅を語るもの。引用された“外国人から見た日本(人)”を存分に楽しめるという意味では、分厚い随筆のようなものと想像してもらえばいい。自身の年齢のせいなのか、ことに感銘が深い。
2.は訳者による貢献がどれほどあるだろうか…。ただし、訳者自身の複雑に輻輳する時間体験を組み上げる文体(これについては、いずれ論じてみたい)に対して、原作は(想像するに)シンプルな時間体験を軸とする文体であるところが、ほどよくブレンドされたのではないか。新訳の登場は、旧訳でも十分魅力的だったその価値に、改めて触れるきっかけとなった。私は“ハードボイルド”タッチが本当に好きなのだ。
そう言いながらも、自分の思春期以降の重要な文学体験は、“現代詩(戦後詩)”との出会いだと思ってもいる。
小説のたぐいも、古典詩ももちろん嫌いではないが、人生や社会について深く考えるような機会を、大学生時代の現代詩との出会いで得られた。
3.の著者石原吉郎は、そのコトバのあまりの簡潔さや、ラーゲリ体験から早すぎる死に至る道のりが、あまりにできすぎな気がして、慎重に接しようとする気持ちもある。それにしても詩(コトバ)の威力を痛感させられ、読まされる。今回は、再々読ぐらいに当たる。
さて、自分もビジネスパーソンの端くれである。糧道をメディア稼業から得ている。
その立ち位置から、ずい分と刺激を受けた書物がある。それらを最後にチョイスしてみよう。
- 小林弘人 『新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に』
- A・トフラー/H・トフラー 『富の未来 上巻』 (もちろん、下巻も推奨する)
- ノーム・ブロドスキ/
ボー・バーリンガム
『経営の才覚 ― 創業期に必ず直面する試練と解決』
1.はある意味で同業者の手による、インターネット時代のメディア稼業論だ。
著者はWebメディアも営めば、書籍もプロデュース。さらには、レガシー系出版社へのコンサルティングも手掛けているらしい。十分にインターネット時代の飛沫を浴びながら、同時に“出版業”としてのエッセンスにも目配り(あるいは、橋渡し)ができる。共感と同時にすぐれたビジネス指南書として読めた。
ただし、メディア稼業に関連しない、もしくは興味ないヒトには価値あるとは言いにくいだろう。ご注意を。
2.はいわずもがなな巨匠の手になる近作だ。『アルビン・トフラー—「生産消費者」の時代』も併せて読むと、この数年、私たちが直面しているCGM(消費者自身によるメディア、コンテンツ創造)が、決してこの数年に起きた突発的な現象でないこと。さらに言えば、“メディアの革命”に止まるものでないことも分かる。
「生産消費者」(=プロシューマー)とは、CGMといった皮相なとらえ方を越える、資本主義の“次”を暗示する重要な現象である。これを軽視することは、いまや何人にもできないはずだ。
3.は、実のところ現在読み進んでいるところなので厳密に“2009年の”とは言えない。また、その価値を確定することもできないと断っておく。
けれど、読み進めると、私個人が会社を起業し、突き当たったり悩んだりしたことへの、ある種の普遍的な解答が示されていると思った。ベンチャーであろうとなかろうと(もちろん、私はつねにベンチャーの側に携わっていたいのだが)、経営にはこのような視点が必要という意味で、すぐれた“(ビジネスの)参考書”だろう。
蛇足だが、本書は、出版業を営んでいるわけではない、知人の手によって“出版された”ものである。出版社を経営するわけではないので、“衰退する出版産業”的な括りから自由であり、求める価値(ゴール)も異なるのかもしれない。
書物を世に問うことの、時代的変化を示唆してくれたことも、取り上げておきたい要因である。