2009年6月22日に、初めてツイートしてから約6か月を経た。
自分自身のtwitter経験についてポストするのは、これが4回目となる。
前回ポスト時と比較したステータスを確認しておこう。
現在フォローをしている数=54(前回は34)、
同じくフォローされている数=256(同179)
といったところ。
また、私が投稿した件数(ツイート数)=1,574である(同920)。
開始して4か月目だった前回から、前者では20人も増えた。
これはどうしてか。
私のフロー系の情報源はRSSに登録した、Webメディアやブログ群である。
これをすき間時間に飛ばし読み(?)して、気になる情報をカバーしている。
これに加えてのtwitterなのだが、最近になって始めた、という点からか、どうしてもtwitterを頻度高く見てしまう。
主要な情報源が、RSSからtwitterにシフトしつつあることを、自ら認めようとしているのかもしれない。
これまで、twitterはフローすぎる、言い換えれば、読み捨て度が高いので情報源の中心とするのは危険という警戒意識が働いていた。
しかし、的確な情報(のピックアップ)をもたらす情報源をフォローすることができたり、ツイートをevernoteへ転送できる機能が追加されたりと、twitterが単にフローではなく、事後にも価値をなす情報源へと自分のなかで成長してきている。この点で、警戒レベルが下がっているのである。
また、フォローしてくれているヒトは77人増やした。
どこかで読んだ記憶があるが、twitterでフォロワーが200を越えていることを入社の条件とする企業があるそうだ。
その説でいけば、ようやく今回、その会社に転職できる条件のひとつをクリアしたことになる。
なんとなくの理解ではあるが、自分がRT(retweet)されるような情報をもたらすのが引き金になって、階段的にフォローを増やしているのではないか。
もっとも、少し増えたと思うと、減るなどの現象も見える。いろいろ推測すると面白いのだが、その辺りに分析機能がないところも、シンプルなWebサービスらしいというところか。
前回は検索の上で、私のツイートに到達してくれているヒトがいるようだと書いたが、そのようなヒトがいるのも事実だろうが、多くは、私をフォローしてくれているヒトから伝播的に生まれていると理解するのが妥当のようだ。
ともかく、まったく見ず知らずの方々がフォローしてくれているのは、自分がそうしているのにも関わらずやはり驚きだ。
それはともかく、この2か月ほどで、確実にtwitterの環が広がったことは事実だ。
この数か月で、以前務めていた会社の同僚らツイートし合う関係が増えた。
まったく新規にtwitterし始めた知人も数人出てきた。
統計的には、twitterの大きな成長トレンドは落ち着きを見せているとのことだが、私のようなレートアダプター周辺では、まだまだ成長の流れを実感するのである。
ところで、今回特筆すべきなのは、ご存知「リスト」機能の公式追加という変化だ。
単にフォローをしていくだけでは、メインのタイムライン(TL)上は、知人やらメディアの更新情報やら、そして注目するオピニオンメーカーやらの発言が入り乱れて流れていく。まさに“フロー”である。
最近はそれでも慣れつつあるのだが、この渾然一体の混沌ぶりには、少なからぬ抵抗感がある。
公式に「リスト」がサポートされたことで、この渾然一体のTLをいくつかの切り口で整理しながら見ることができるようになった。
私はと言えば、7、8つの切り口を設けて見ている。
このリスト機能を使って、改め「my friends」などを設けて、知人、友人のフォローをしている。
こうすることで、仕事や興味の関心事以外の情報源(他愛もない情報が多い)をまとめることができるようになった。
リストに切り替えることで、“仕事モード”や“専門情報モード”に切り替えることができる。
この安心感もあって、自分自身もフォローするヒトを増やしているのかもしれない。
しかしそうは言っても、twitterの機能的な特性から、TLをメインに見てしまうことに違いはない。
数百から数千の単位でフォローをしているヒトは、TLをどうやって見ているのだろうか? これだけは謎だ。
怠け者の自分が、twitterを半年続けられたことはちょっとした驚きである。
小刻みに情報発信することになにか特別な意味があるのだろうか?
まだ得心がいかない面もある。機会を見てそれを論じてみようとは思っている。